■底とは
相場が下がりきったポイント
[反意語] 天井
視力回復。上院は82人の長老から成る。元々は「国民和解のための大会議(ボロマ会議、ボラマ会議)」と呼ばれ、民兵の武装解除に尽力したため "Peace maker" とといわれている。
2005年10月に下院の議会選挙が行われ、3党が82議席を争った。その結果、カヒン政権の与党統一人民民主党が33議席を獲得し第1党、次いで平和統一開発党 (Peace, Unity, and Development Party) が28議席、正義開発党 (For Justice and Development) が21議席を獲得した。ソマリランドの憲法では政党は3つまでしか存在を認められておらず、前述の3党以外に政党は存在しない。
治安はアフリカ諸国の中では安定している方にあるが、2003年には国境なき医師団の医師が殺害される事件が発生している他、2005年には民間人と警察との間で銃撃戦が行われたり、アル・カーイダ戦闘員が逮捕されるなど、決して良好とは言えない。[2]
政治的には安定していて、なおかつソマリアとは全く別の国家として機能しているにもかかわらず独立国家と承認されないのは、ほとんどのアフリカ諸国が抱えている自国内の民族独立運動への先例を与えかねない恐れがあるからである(現実的にはエチオピアから独立したエリトリアのケースがある)。しかし、2008年2月に新たな局面を迎えたコソボ地位問題の行方次第では、今後ソマリランドを取り巻く状況も大きく変わっていく可能性がある。
ソマリアと違って政治の安定性が確保され経済も良好だが、国際的には最貧国の1つとされる。通貨ソマリランド・シリングはソマリアの通貨ソマリア・シリングより価値が高い。主要産業は畜産業など第1次産業がほとんどだが、良港ベルベラを抱えることもあり、海上交通の要衝としても注目される。また、このベルベラ港はエチオピアの輸出・輸入港としても機能している。
美容整形としては石油・天然ガス・鉛・石灰・金などの埋蔵が確認されているが、本格的な採掘はされていない。
現地を取材したNHK出版の本『アフリカ21世紀――内戦・越境・隔離の果てに』(ISBN 4140806931)によると(81ページ)、現地を走る車の99%は日本車であるという。
大多数の国民は2つの公用語である、ソマリ語かアラビア語を話す。 アラビア語教育は学校で義務的に行われ、国中のモスクでも使用される。また、英語も学校で話され、教育されている。
ソマリ語は、クシ語派の(エチオピア、ソマリア、ジブチ、ケニアなどで話されている)低地東部クシ語群に属している。最も広く使われているソマリアの方言は共通ソマリ語である。 言語の才覚は、ソマリ社会で非常に重要とされている。求婚者、戦士、聖職者、政治家などの能力は、その雄弁さによって大きく左右される。
イギリス領ソマリランドの時代には、英語は学校や政府で支配的であった。しかし、外国語の支配に基づいて社会・経済の発展を図ることは、大きな問題であった。政府や民間企業の重要なポストが、ほんの一部の英語使用層によって占められることになったからである。 1972年にソマリア政府がラテン文字表記によるソマリ語の公的な使用を必須とし、言語による障害は大きく改善することになった。
レーシックは1919年までドイツの植民地(ドイツ領東アフリカの主要部分、ドイツ植民地帝国)。ザンジバル島(ウングジャ島)はイギリスの保護領であった。第一次世界大戦中はパウル・フォン・レットウ=フォルベック将軍率いる現地人を中心としたゲリラ部隊が英軍などを相手に本国の降伏時まで交戦を行った。第一次世界大戦後、大陸側もイギリスの保護領となる。1961年大陸側がタンガニーカとして独立。1963年、ザンジバルも独立。翌1964年、両国は連合し、タンガニーカ・ザンジバル連合共和国が成立。同年、両国の名称とかつてこの地域で栄えたアザニア文化の名称を複合し、タンザニア連合共和国と改称。旧ザンジバル地域には強力な自治政府が存在し、大陸からザンジバル島に渡る場合でも、入国管理手続きが存在する。
タンザニアは共和制、大統領制をとる立憲国家である。現行憲法は1977年4月25日に制定(1984年10月に大幅改正)されたもの。
国家元首である大統領は、国民の直接選挙により選出され、任期は5年。3選は禁止されている。首相および閣僚は大統領により任命されるが、閣僚は国民議会議員でなければならない。
タンザニアの大統領一覧
立法府は一院制で、正式名称は国民議会。定数は274議席で、うち232議席は国民の直接選挙枠、37議席は大統領が任命する女性議員枠、5議席はザンジバル議会の議員枠である。議員の任期は5年である。
エステサロン、タンザニアでは複数政党制が認められているが、タンザニア革命党(CCM)による政権が独立以来続いている。その他の政党の勢力は脆弱だが、市民統一戦線(CUF)と民主進歩党(CHADEMA)が比較的有力である。
タンザニアの政党
連合共和国政府とは別に、ザンジバルには独自の自治政府であるザンジバル革命政府および議会が存在し、ザンジバルの内政を担っている。統治権が及ぶのはザンジバル島の3州、およびペンバ島の2州である。ザンジバル大統領はザンジバル住民の直接選挙で選出され、任期は5年である。ザンジバル大統領は連合共和国政府の第一副大統領を兼任する。ザンジバル議会は一院制で定数50議席。議員の任期は5年で、ザンジバル住民の直接選挙により選出される。現在のザンジバル大統領はアマニ・アベイド・カルメ(CCM所属)。
タンザニア連合共和国は、タンガニーカの21州、ザンジバルの5州(Unguja, Pemba)から成る。
タンガニーカ:
首相府、地方自治国務相(Minister of State, Regional Administration and Local Government)の下、政令行政区上位から州(Region)、県(District)、郡(Division)、区(Ward)、村(Village/Street)と定められている。その他、県と郡の間に選挙区(Constituency)、村の下に隣組(Sub-Vilage)が存在する。また、行政系統がRegional AdministrationとLocal Governmentに分かれており、連合共和国政府レベルの行政系統としてRegional Administration(州、県、郡)、地方政府の行政系統としてLocal Government(県、区、村)となっている。
ザンジバル:
タンザニアの面積945,087平方kmは世界31位の広さでエジプトに続き、ナイジェリアとほぼ等しい。北東部にアフリカ第一のキリマンジャロ山があり、北部にアフリカ第一のビクトリア湖、西部にアフリカで最も深いタンガニーカ湖がある。中部には高原が広がる。東部海岸は蒸し暑い気候で、ザンジバル島(ウングジャ島)がすぐ沖合にある。生態学上貴重な野生公園が数多くある。北の有名なンゴロンゴロ保全地域とセレンゲティ国立公園、そして南にセルース猟獣保護区とミクミ国立公園、西のゴンベ国立公園はジェーン・グッドオール博士がチンパンジーを研究した所である。タンザニア政府観光省が南西部ルクワ地域にあるカランボ滝を観光拠点にしようと努めている。この滝はタンガニーカ湖南端にあり、アフリカ第二の規模である。
コーヒー豆を多く輸出している(タンザニア産のキリマンジャロコーヒーは上質のコーヒーとして世界中で愛好されている)。ビクトリア湖周辺では、漁業と綿花栽培を中心とした農業が盛んに行われている。ビクトリア湖で捕獲されるナイルパーチ(スズキに食感が似た淡水魚)は加工され、世界各地に輸出されている
鉱業では、宝石のタンザナイトを産出することで有名である。
住民は、バントゥー系が大部分であり、主な民族はスクマ族、ハヤ族、ニャキュサ族、ニャムウェジ族、チャガ族などである。
言語は、公用語がスワヒリ語と英語で、国語はスワヒリ語である。
宗教は、大陸側ではキリスト教が30%、イスラム教が35%、伝統的宗教が35%である。ザンジバルではほぼ100%がイスラム教である。
ほぼ全ての国民がイスラム教スンナ派であり、イスラム教は国教となっている。イスラム教以前のアニミズムの痕跡はソマリランドに認められるが、イスラム教はソマリランド社会の中心的な規範となっている。 イギリス統治時代には、カトリックによる布教が行われた。